« 【根岸S】想定走破タイムは1分22秒台 | トップページ | 【共同通信杯】地獄の沙汰も馬場次第 »

2008/02/07

【私家版・栄光の名馬たち】さらば愛しき怪物よ

20080204_negishi_s_g3_2大雪で代替開催となった2月4日の東京メイン・根岸S。異変がターフビジョンに映し出されたのは、ちょうど馬群が3コーナー出口に差し掛かったあたりだっただろうか?「おっとアドマイヤスバルがちょっと後退していく。トウショウギアも最後方まで下がってしまいました。アクシデント発生です」と実況アナが告げている。
第4コーナーに向って加速していく馬群から1頭だけ取り残され、スローダウンしてしまったのは、8歳のベテラン・トウショウギア。このレースでも4番人気の支持を集め上位候補の一角を形成していたが、故障による無念の競走中止でゴールに到達することは叶わなかった。せめて一命を取り留めてくれればと願ったが、同馬に下された診断は「右第2指関節脱臼 ※予後不良」というもの。競馬ファンを続けていると、レース中の故障・安楽死という処置にも慣れっこになってしまうものだが、そうはいっても、心のどこかに穴が開いてしまったような喪失感はやはり禁じ得ない。
特に当ブログ管理人の場合、また条件馬の時代からトウショウギアの非凡な才能に魅了され続け、馬券の上でも同馬と長く苦楽を共にしてきただけに、そんな思いもひとしおである。典型的な左回り巧者で、右回りコースが苦手だった同馬の主戦場は、東京・新潟のダートコース。左回りを求めて盛岡のクラスターカップに参戦してきたこともあった。この3競馬場は、当ブログ管理人のホームグランドのようなもの。加えて、わがひとくち出資馬オフィサーの好敵手でもあったトウショウギアは、現役時代を通じて、常にその巨大な存在感を意識せざるを得なかった競走馬である。
そんなわけで、同馬が出走したレースの多くを競馬場でライブ観戦してきたのだが、デジカメで撮影した写真やTARGETに記録してきたレースメモを整理しているうちに、今更ながら様々な思い出が奔流のようにあふれ出してきた。その足跡を「私家版・栄光の名馬たち」として記録に残しておきたいと思う(続きは長文になります)。

■4歳時代 越後の大地に立つ
20040829_niigata_myokou_tokubetsu3歳の秋・デビュー3戦目にして船橋の交流戦で初勝利をあげた同馬が、初めて競馬ファンにその名を知らしめたのは、4歳当時の新潟・夏競馬でのことだった。7月24日の新潟7レース・ダート千二・500万下。1分10秒9という破格の走破タイムでこの一戦を逃げ切ってみせたトウショウギアは、グリーンチャンネル・先週の結果分析でも、番組推奨馬の指名を受け、一躍ダート短距離戦線の期待馬として注目を集めることになった。この当時の自分のレースメモ「発汗。煩いが好気配。積極策で押し切る。昇級通用」もちろん馬券も的中。これは次走も馬券を買わざるを得ない。
昇級初戦となったのが8月15日の新潟メイン・苗場特別である。実はこのレース、同馬のほかにも、後にJBCスプリントで2着するアグネスウイングや、夏の上がり馬として注目を集めていたトーホウセキトなど、かなり手強いメンバーが揃った一戦だったのだが、自分の馬券は、当然その素質に惚れ込んだトウショウギアと心中というもの。ドカンと馬単を購入し、大船に乗った気持ちで新潟競馬場のA指定席から観戦していると、トウショウギアは4角でトーホウセキト(2着)の瞬発力に圧倒され、早々と戦意喪失の状態に追い込まれてしまう。ああ夏が終わる・・・・何ともむなしい気持ちで競馬場を後にしたものだった。
その後、トウショウギアは夏の新潟でもう一戦を消化(8月29日妙高特別)。吉田豊騎手とのコンビでこれまでとは一転、出遅れから差す競馬で見せ場を作ったものの、名手岡部の操るシアトルユー(3着)にあと一歩及ばず。「よしだァ!差せ差せ」と叫んだ自分の声が、新潟競馬場B指定席にむなしく響き渡ったのも、今となっては懐かしい思い出だ。(写真は妙高特別のパドック)
(関連エントリ 【馬券回顧】ダメ人間、江田照男騎手と心中す

■5歳時代 覚醒モードに突入
20050608_tokyo_bakushu_sトウショウギアが再び進撃を開始したのは、田中勝春騎手と本格的にコンビを結成した5歳の春シーズンのこと。2月の東京・節分賞であっさり勝利をものにすると、その2走後、4月23日の東京最終レースでは、2着以下がちぎれて見えなくなってしまうほどの着差で大楽勝してしまう。1年前の時点では激しい気性が災いし能力をコンスタントに出し切れなかった同馬の秘めたる素質が、いよいよ覚醒したのか?ともかく左回りのダート短距離を走らせれば、凡百の競走馬とは性能がまったく違う。思わず笑ってしまうほどの強さだった。これで準オープンまで出世したトウショウギアは、次走の麦秋S(6月5日)でも当然のごとく勝利をおさめ、いよいよオープン戦線に名乗りを上げていく(写真は麦秋Sのパドック)

20050724_niigata_hokuriku_sそして迎えた新潟夏開催。初戦の北陸S(7月24日)では夏真っ盛り・炎天下の競馬場のパドックを、ただでさえ煩い気性の同馬が、汗だくになって周回を繰り返していたのが印象に残る。それを何とか宥めようという厩舎スタッフも必死の表情だ。レースでは差す競馬を試み、惜しくもサンライズキングの後塵を拝する2着となったが、続く越後S(9月3日)では、逃げたディバインシルバーを2番手から子供扱いにして、再び6馬身差のぶっちぎりで勝利。当時のレースメモには「内枠で折り合い苦はスピードの違いの証明。暴力的な強さで圧倒」と記されている。「暴力的」の3文字がこの当時のトウショウギアの強さの本質をまざまざと物語っている。

20051029_tokyo_musashino_s_g3この強さは、ひょっとしてG1レベルでも通用するのではないか?そんな思いを1ファンの心の片隅に焼き付けたまま、迎えたのが秋の東京シリーズ。初の重賞挑戦となった武蔵野S(G3・10月29日)では、3歳の強豪カネヒキリ・サンライズバッカスらが出走しており、これまでと比べ一気に相手関係が強化されたが、それでも当ブログ管理人はトウショウギアに堂々の◎を打って馬券勝負に出た。
結果12着・・・・○| ̄|_ 。スタート直後からスプリント戦のようなハイペースで飛ばしに飛ばしたが、結局的にはひとり相撲のレースに終わってしまった。爆発的なスピードと裏腹の脆い気性をどうコントロールすればよいのか?陣営は、このレース以降、一計を案じて同馬の気性対策に本腰を入れることになる。
(関連エントリ 【日曜日の注目馬】天才か?狂気か?これぞ怪物トウショウギア
(関連エントリ 【武蔵野S展望】雷神カネヒキリの死角を突く狂気の怪物

■6歳時代 矯正馬具・好敵手・スランプとの戦い
20060129_negishi_s_g3明け6歳シーズンの初戦は、東京冬開催のG3・根岸S。現役時代を通じて、結局最後まで重賞制覇には縁がなかった同馬だが、もし勝てるチャンスがあるとすれば、得意中の得意といえる東京・ダート千四ではないか?陣営も当然そのように考え、前年の失敗を教訓とした対策を講じてきた。矯正馬具・マウスネットの装着である。この馬具は、馬の急所のひとつである上唇を刺激することで、煩い馬や引っ掛かる馬を大人しくさせる目的で使用するものらしい(参考エントリ:ハイブリッド競馬新聞:矯正馬具編(2))。初めてこの馬具を装着しパドックに姿を現したトウショウギアは、まるで忍者のような容貌で、なかなか強うそうに見えたものである。レースに行くと再び口を割る仕草を出して、直線後方からの差し馬(リミットレスビッド、タイキエニグマ)の餌食になってしまったが、それも重賞挑戦で3着だから結果は悪くない。陣営もこれで気をよくしたのか、このレースからしばらくはパドックで黒いマウスネットを装着した忍者・トウショウギアの姿をよく目にすることになる。
以降、重賞3着の余勢を駆ってフェブラリーS・さらには芝の高松宮記念G1挑戦を続ける同馬だったが、さすがに超一流の壁は厚かった。春の東京開催からは再び、オープン特別に舞い戻っての戦いが続いていく。

20060527_officer_at_tokyo_keyaki_sところでその当時、ダート短距離のオープン戦線に名乗りを上げてきたのが、当ブログひとくち出資馬のオフィサーである。この馬も東京千四がベストの条件とくれば、当然、先輩トウショウギアとの激突は避けられない。激しい気性は共通していても、かたや逃げ・先行、かたや追い込みと脚質は対照的なこの両馬。これ以降、東京欅S→盛岡クラスターC→新潟BSN賞と戦場を移しながら、互いに上位人気を背負う好敵手としての直接対決を続けていく。

20060902_niigata_bsn_shoそんななか、トウショウギアの体調に異変が生じたのが、この年の夏シーズンのことだった。余裕残しの馬体で盛岡競馬に遠征した無理が災いしたのか?迎えた次走のBSN賞では、馬体に緩みを残した仕上げ。陣営には悪いのだが、1ファンの目からしても夏場の体調管理に失敗したことは明らかだった。レースでも中団から伸びを欠いて4着と、初めてオフィサー(2着)に先着を許してしまう。以降、秋~冬シーズンもスランプからの復調がままならないまま、このシーズンは暮れていった。
(関連エントリ 【クラスターC回顧】シビックの機敏さがGTRの鈍重さを凌駕?
(関連エントリ 【>【BSN賞回顧】国内最強!坂路元帥に脱帽

■7歳・8歳時代 復活の雄叫び
20070310_nakayama_chiba_s不振にあえぎ続けた狂気の怪物が復活の狼煙をあげたのは、意外にも不得手と思われていた右回りコースの中山・ダート千二でのことだった。3月10日・中山メインレースに組まれていた千葉S。このレースも愛馬オフィサーとの対決になったのだが、パドックの気配から察するに、内田博幸とのコンビを組んでいたオフィサーは生涯最高のデキ。対するトウショウギア(田中勝春)はまだ少し馬体に余裕を残しているように感じられたものだ。単勝オッズも近走不振と右回り不安を反映したせいか?7番人気という体たらくだった。ところが、いざレースにいくと、トウショウギアが低評価に反発するような激走を見せてしまうのだから、競馬はわからない。前半控える戦法から直線に入ると力でねじ伏せてしまうような力感あふれるレースぶりは、左回りのコースで同馬が示してきたパフォーマンスと何ら変わりがないように思えたものだ。
このレースで通算10勝目。勝ち鞍の数だけなら、中央競馬の現役でもトップに躍り出たトウショウギアにとって、以降は、負担重量との戦いを強いられることになる。ここから先は、レースメモでこの馬の現役生活・最後の1年を振り返ってみよう。

20070526_tokyo_keyaki_s春の東京・欅Sで1着(5月26日)「58キロも4角先頭、余裕でねじ伏せる。東京千四ベスト」ううむ、強い強い。2着のトロピカルライトや3着オフィサーは4馬身もちぎれてしまったぞ。
夏の新潟・北陸Sは2着(7月29日)「余裕残しの馬体。59キロ」1着馬は伏兵テイエムアクション。夏場はやはり調整が難しいようだが、トウショウギアもよくがんばった。同レースに出走していたオフィサーはもっとひどい状態で、目の回りを真っ黒にして夏バテ気味。
秋の東京・霜月Sでも2着(11月18日)「道中力み気味、59キロ。それでも東京なら伸びる」。勝馬はラストレースの根岸Sで因縁を作ったアドマイヤスバルか。
明けて8歳・正月の中山・ガーネットS(G3)は16着と久々に大敗。「右回りの外枠で前に馬をおけず。ガツンと掛かって直線失速」ううむ、苦手の右回りを完全に克服したわけではなかったのか?

そして2月4日、東京ダート千四。根岸ステークスのレースコメント「余裕残しもスピードで先手を主張。3角無念の故障発生。予後不良」・・・・・もうこれ以上、多くは語るまい。今はただ、希代の怪物・トウショウギアの冥福を祈るばかりである。

2月 7, 2008 日記・コラム・つぶやき, 08年競馬予想・回顧 |

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/33923/40022252

この記事へのトラックバック一覧です: 【私家版・栄光の名馬たち】さらば愛しき怪物よ:

コメント

はじめまして。トウショウ牧場でサイト管理を担当しております。
このエントリを当牧場のブログで紹介させていただいてよろしいでしょうか。
お手数ですが、可否等につきましてメールでご連絡いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

投稿: トウショウ牧場サイト管理者 | 2008/02/07 9:43:30

トウショウ牧場サイト管理者 様
コメントありがとうございます。
エントリ紹介の件、先ほど了解のメールを発信しました。
どうぞよろしくお願いいたします。
根岸ステークスがラストランとなってしまったトウショウギア・・・・牧場関係者の皆様の無念のお気持ちは、計り知れないものとお察しいたします。
同馬の非凡な才能と強烈な個性に魅了され続けてきた競馬ファンの私も、長く苦楽を共にしてきた大切な「戦友」を失ってしまったような、空しい気持ちを禁じ得ません。
あらためて、トウショウギア号の冥福を心よりお祈りいたします。

投稿: 山城守 | 2008/02/07 22:14:11

どうもお久しぶりです。
トウショウギア・・・残念です。
坊主は山城守さんのブログを読んでこの馬に引き付けられ右回りでは必ず馬券を買ってました。
今回も
いつも通り購入・・・
いつも通りのレース・・・・
でも何かが違ったんですね・・・
こんなことになるとは(;;)
雪での順延がなければまた違ったかも??
競馬にたらればはないのは分かっているのですが今回ばかりは考えてしまいます。
個性的で競馬を楽しませてくれた暴走特急の冥福を心よりお祈りいしたします。

投稿: 坊主 | 2008/02/08 1:30:35

心温まるエッセイとくと読ませていただきました。

なんとなく、王選手の756号(5万人のミーハーの一人でした)の時に後楽園に流されたハンクアーロンのメッセージを思い出してしまいました。

投稿: もくに | 2008/02/08 20:39:54

ダート短距離戦線というと、重賞レースの数も限定され、世間一般にはなかなか注目を浴びづらいジャンルですが、なかなかどうして。オープン特別常連組にも、個性派がひしめいています。なかでも、トウショウギアはその筆頭ともいうべき存在でした。
確かに「たられば」は禁物ですが、根岸Sを叩いて良化してくれば、今年のフェブラリーSでも見せ場以上を作れた可能性はあったと思います。
今となっては、4年間の長きに渡って競馬ファンを魅了し続けた希代の個性派の冥福を祈るばかりです。

投稿: 山城守 | 2008/02/10 2:09:58

初めまして。                     
トウショウ牧場のサイトからきました 
トウショウギア号もオフィサー号も大好きな馬でいつも応援してました。
ブログを拝見させていただき過去のレースを
思い出し思わず涙がでました。
トウショウギア号のご冥福をお祈りします。

投稿: ナナ | 2008/02/12 13:05:05

>ナナさん

コメントありがとうございます。
トウショウギアとオフィサーは通算8回直接対決しており、対戦成績はギア6勝・オフィサー2勝と、トウショウギアが先輩の貫禄を示して弟分を圧倒していました。両者の主戦場である東京ダート千四では4度激突しましたが、トウショウギアがすべてのレースでオフィサーに先着しています。オフィサーにとって、ギアは好敵手というよりも、遂に超えられなかった高い壁だったのかもしれません。

投稿: 山城守 | 2008/02/17 4:00:52

いまごろすみません。トウショウギアといえば中山でカッチーが勝利したとき昼休みの結婚式のイベントでカッチーが牧師をやったこと。そして、メーンのプレゼンターがそのときの新郎新婦だったこと。

投稿: ボルジャノン | 2008/04/01 16:54:03

>ボルジャノンさん

トウショウギアと田中勝春騎手。確かに名コンビというべき存在でしたね。いかにも乗り難しそうで、少しでも油断すると暴走ムードに突入してしまう同馬を、あのカッチーが巧みに操ってしまう。天才肌同士で、人馬を超えた相通じるものがあったのかもしれません。

投稿: 山城守 | 2008/04/06 3:03:34

コメントを書く