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2005/01/31

「ジョッキー」待ち焦がれた本格競馬小説の登場

4087477770.09.LZZZZZZZ「崖っぷちジョッキー」小説版といえば、一番わかりやすいだろうか?腕は良いのだけれど、営業が嫌いで騎乗機会に恵まれない不遇の中堅騎手を主人公に据えた競馬小説である。
文庫版解説を書いているのは、かの藤代三郎氏。この人は、ジャンルに応じて様々な筆名を使い分けることで有名なのだが、小説好きの読者にとって馴染みが深い「北上次郎」(文学評論家)とか「目黒孝二」(本の雑誌社)ではなく、あくまで競馬評論家=馬券オヤジ代表「藤代三郎」の立場から、この本の論評を試みているのが興味深い。

その藤代氏いわく、これまでも競馬小説の傑作は数々あったが、どうしても競馬以外のファクターが物語の中心になってしまう。競馬ファンの願いとしては、レースや騎手に関係する「もっと瑣末な話を読みたい」「レースの迫力そのものを物語の核にする小説が読みたい」と常々、思ってきたという。
なるほど、宮本輝の傑作長編「優駿」や、昨年話題になった「シービスケット」などでは、小説中に描写されるレースシーンの迫力もなかなか素晴らしかったが、物語の核にあるのは、あくまで競走馬をめぐる人間たちの成長や運命のドラマである。最近映画化された高村薫の「レディジョーカー」にも、物語の重要な舞台として競馬場が登場するが、競馬そのものはあくまで添え物という印象を免れなかった。藤代氏のいう「瑣末な話」を前面に押し出した傑作エッセイなら、谷中公一元騎手の手による「崖っぷちジョッキー」もあるけれど、あれはあくまでノンフィクション・・・・。競馬ファンの読者としては、競走馬や騎手・調教師といった競馬サークルの人々、はたまたレースそのものを物語の主役として描いた本格的小説を渇望していたといってもいい。

で、小説「ジョッキー」(松樹剛史著・集英社文庫版)の登場である。
まずは、物語前半に描き出されたレースシーンから、小説の雰囲気を感じとってもらいたい。ちなみに、この場面の舞台となっているのは、ダート千八の未勝利戦(中山競馬場かな?)です。

不意にドロップコスモがハミを嚼んだ。手綱を通し、溢れる力が伝わってくる。-来た! 痺れる感覚だった。絶望的な位置に来て、ドロップコスモの闘志にようやく火が点いた。 「遅いよ、お前!」 外に持ち出す暇はなかった。ひしめく前方の馬群に向け、八弥は猛然と馬を追った。渾身のステッキを一発入れると、肘と脛をくっつけた姿勢から、手綱をとった腕を思い切り前に突き出した。そして、伸び切ったところで手首を返す。黒い巨漢馬の首が低く沈み、四本の脚が砂の地面を強烈に蹴り上げた。怒濤の勢いで集団に迫る。 ~ジョッキー(松樹剛史著)集英社文庫版から引用 

おお、思わず読みながら文庫本の握りしめ、「差せーっ!」と一声かけたくなるような迫真の描写ではないか。競馬ファンなら誰でも、後方から怒濤の追い込みを開始して今にも馬群のど真ん中に突っ込む勢いの真っ黒な巨漢馬の姿が、目の前に浮かぶことだろう。

こんなシーンが随所に登場するこの小説。騎手はもちろん、調教師や助手・厩務員、さらには馬主など美浦トレセンをめぐる競馬サークルの人々の動きがリアルに(ちょっとコミカルな味付けで)描き出されるのだが、もう一方の主役、物語に登場するサラブレッドたちの個性も秀逸である。
天真爛漫な気性と卓越した身体能力を持ちながら、馬主の好みで不本意な追込脚質に仕向けられ、能力を全開できない天才競走馬オウショウサンデー。古馬になって行く気に任せレースを進めることが許されると、天皇賞(春)・安田記念をいきなり連覇してしまうあたりが凄い。同馬主の快足逃げ馬オウショウエスケプ。朝日杯の覇者だが、臆病な気性ゆえに、逃げて逃げて逃げまくるしか競走馬としての道はない。そのエスケプに対し、主人公を鞍上に新潟記念で挑戦状を叩きつけてきたのは、何と500万下の高齢牝馬リエラブリー。レースシーンに引用した巨漢馬ドロップコスモは、東大卒の女性厩務員が手塩にかけ最後はオープンにまで出世していく。鞍上のお坊ちゃん騎手ともどもどこか憎めない印象の重賞常連・善戦マン・カッツバルゲルなどなど、どの馬もどこか実在馬に似ているようで、実はまったく似ていない。多士彩々の個性的顔ぶれが物語に彩りを添えているのが、また良い。

なるほど重厚な人間ドラマとは無縁のストーリーだし、主人公と美人女子アナの淡い恋とか(笑)いかにもご都合主義的な展開もあるにはある。これを読んで、読者の人間性が大きく成長するとか、人生が変わるとか、もっと言えば何かの役に立つ種類の小説でもない。しかし、藤代氏も、私も、競馬を愛する人間なら誰でも、こんな小説を待っていた!と断言できる、そんな傑作がここにある。週末を待ちきれない競馬中毒者の皆さまには、自信を持ってお薦めできる1冊と言えるだろう。

■参考リンク 「ジョッキー」公式ホームページ

1月 31, 2005 日記・コラム・つぶやき, 書籍・雑誌 |

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コメント

こんにちは。いつもちょこちょこ読ませていただいています。
管理人さんの、いつも鋭いレース分析は読んでいて、すごく
ためになりますし、感心してしまいます。今回紹介していただいた
本もなんだかすごくおもしろそうですね。読んでみたいです。

投稿: はずれ馬券師 | 2005/02/01 9:39:08

はずれ馬券師さん、コメントありがとうございます。
この本、お薦めです(^^)記事の終わりで紹介している公式ホームページを訪問すると、登場人馬のキャラなどが紹介されており、いっそう興味が増すと思います。ではでは。

投稿: 山城守 | 2005/02/02 8:29:43

本当に本当に!!
初めまして、しまりすと申します。
最初は淡々と読んでいたのですが
後からもう興奮して、「そうだーっ!」とばかりに体が震えるくらいどきどきしました。
文体がとっても簡潔なのに、ここまで感動してしまうなんて本当にすごいと思います。
ここのところ全然本には当たっていなかったのでとても嬉しい秀作でした。

おんなじ感想をもたれていらっしゃるのが嬉しくて思わずTBしてしまいました^^

お邪魔しました。

投稿: しまりす | 2005/03/16 20:27:51

しまりすさん、TB・コメントありがとうございます(^^)
「ジョッキー」競馬に関する「瑣末な」エピソードがいっぱい詰まった傑作ですね。個人的には、リエラブリーが新潟記念に挑戦するあたりが一番ワクワクしました。G1じゃなくて、ローカルG3という設定なのが、何とも言えずリアル。このお話がラストの天皇賞の伏線になっているのが、またよいですね。ではでは。

投稿: 山城守 | 2005/03/16 23:41:36

はじめまして!
わたしもこの本を読みまして、TBさせていただきました☆
わたしは、ウィンズで手持ちが尽きてしまって、友人の馬券相談にのりながら、この本を読んでいました。
すごい臨場感でした☆(笑)
差せー!!って、叫びたくなる作品です。

投稿: とかげ | 2005/04/13 16:40:53

とかげさん、コメントありがとうございます。
「ジョッキー」文庫版、発売から2か月以上も経過しましたが、かなりの売れ行きみたいで嬉しいですね。近所の書店では、スタッフによる推薦つきで堂々と平積みコーナーを占拠していました。次回作が楽しみです。

投稿: 山城守 | 2005/04/13 23:10:41

この本、ハードカバーのときにかいました。
大物馬主、後輩騎手、若手調教師、引退する大物騎手、同期の天才騎手など実在の人をだぶらせつつ読むことができました。

そのあとの作品状況は詳細に知りませんが、先月の優駿に「馬主の娘」という短編が掲載されていました。

投稿: G3 | 2005/04/16 12:27:35

G3さん、こんにちは。
私の印象だと、オウショウの馬主さんは、何となく実在の人物(日米で多くの馬を持つあのひと)がイメージできましたが、主人公は誰かに似ているようでいて、誰にも似ていないという気がします。ドロップコスモの厩務員は、ご賢察のとおり「ふーちゃん」の担当だったあの人がモデルかな?阪神競馬場のパドックで担当馬と歩いていた凛々しい姿が思い出されます。
優駿の短編、ノーチェックでした。貴重なご指摘、感謝です。

投稿: 山城守 | 2005/04/17 0:48:22

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