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2004/09/30

ブログ時代の文章読本  野口悠紀雄「超」文章法

WEBログを始めてから、はや5か月目。ブログ開始前に比べると、文章というものを書く機会が確かに増えた。昼間は仕事でワープロに向かい、夜や休日もエントリ作成のために、あれこれ考えを練る日々である。もともと駄文を書き連ねるのが嫌いな性分ではないのだが、定期的に一定のボリュームの文章を生産していくためには、やはり自分なりのノウハウのようなものを確立する必要があるかな?と感じはじめたところである。
そんなわけで、1年前に購入した後「積んドク」状態でほったらかしていたこの本を、久しぶりに手に取ってみた。

4121016629.09.LZZZZZZZ.jpg著者は野口悠紀雄氏。本職の経済学者というよりも、「超整理法」に代表される一連のノウハウ本の著者といったほうが、通りがよいかもしれない。この「超○○法」シリーズ、どの本を取ってみても、著者の経験を通じ工夫を重ねながら養ってきた仕事のノウハウを、シンプルかつ明快に説いていくというスタイルが貫徹されており、読みはじめるとなかなか気持ちがよい。気持ちよすぎて、一読しただけで、つい自分も「できる気」になってしまう。そういえば、超整理法に書かれていた「書類は古い封筒に入れ時間順に並べていけばよい」という手法には、昔けっこうお世話になったことがあった。といいつつ、自分の場合、ものぐさな性格が災いし、増え続ける書類をすべてコントロールしきる域にまでは及ばなかったが。

さて、この超「文章法」の訴える文章作成法、その眼目は、構成とか記述のうまい・へたより「メッセージをはっきりさせること」こそが重要だ、という点にある。
メッセージというと何やら大げさな主義・主張のこと?という印象を受けてしまうが、要するに、文章を通して伝えたいと思うテーマのことだ。ブログのようなジャンルなら、自分なりの「発見」と言い換えてもよいかもしれない。テーマの大小が問題なのではなく、どうやって自分の書きたいテーマにピントを合わせるかが重要なのだ。
よいメッセージ・テーマとは、「ひとことで言える」「書きたくてたまらない」のものだと著者は言う。また、「みたまま感じたまま」ではメッセージにならない(それでは子供の作文と一緒!)

競馬予想記事にたとえて言うなら、「菊花賞の本命はコスモバルク」というだけではメッセージとして失格である。「前走を見て一番強いと思うから」でも、まだ面白みが足りない。「セントライト記念のラップタイムを分析すると、結論はこうだ」とか、「岡田総帥の戦略の中心はここにある」あたりまでテーマ(仮説)を煎じ詰めてこそ、他人からみて興味深い記事が書けるということだろう。

しかし、テーマ設定を構想する段階で、そこまで本格的にイレこんでしまうと筆がすすまない書き始めることが億劫になってしまうというのも、人情だろう。そこで、「超」文章法のもう一つのポイント、「とにかく(書き)始めよ」というノウハウが生きてくる。まだ、頭のなかがモヤモヤっとしている段階でも、とりあえず仮説を決めて、どんどんワープロで書いていこう!ということである。書き進めていくうちに、仮説が正しいかどうかは自然とわかってくるし、仮に間違ったとしても、それはそれで一つ発見になりうるから、文章のネタ(テーマ・メッセージ)にできるというのだ。
自分の場合、文書を書いていくうちに筆の勢い(?)で、当初書こうと思っていたテーマがガラッと変わってしまい、結局、正反対の結論になってしまうということが、たびたびあるのだけれど(笑)それでもいいじゃないかということかな?そう理解すると、ちょっと気が楽になります。

これら以外にも、「冒険物語の構成をあらゆる文章に応用することができる」とか、「文章のはじめの部分での客引きが重要」とか、おもしろげなノウハウが満載されており、出張中の電車のなかで一気に通読することができた。
思い起こしてみると、このブログで自分が書いてきた記事でも、それなりに上手く書けたと思うものは、無意識のうちにこの本が説いているような手順を踏んでいる。そのことに思いあたっただけでも、とりあえず読んだ収穫はあったというものだろう。
仕事のハウツー本というよりも、ブログ運営上の参考書として、手元に置いておきたい一冊である。

9月 30, 2004 書籍・雑誌 |

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